どこまで行っても平行線で終わることがない自己責任について

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貧困になったのは自己責任

例えば、今の日本で貧困になったのは、努力が足りなかったからで・・・

それは、全て自分の責任で「自己責任」だという人がいます。確かにそれは一理あるのかもしれません。

というのも、努力すべきときに努力を怠ってしまったことで、貧困になってしまった。という人が、実際に多くいるからです。

一方、努力をしたにも関わらず、貧困になってしまった。という人もいると思います。

その例としては、例えば努力して有名大学に入り、そこまでの人生は順風満帆だった。という人もいると思います。

努力が報われなかった例

しかし、大学卒業後に就職した会社が、いわゆる「ブラック企業」だったことで、うつ病になってしまったとか・・・

もしくは、ブラック企業を辞めたことで、職歴に傷が付いてしまうなどで、その後の仕事が思うように行かなくなってしまったなど。

努力しても報われなかった例は、いろいろあると思います。

また、子供のころから貧乏だったことで、イジメに合ってしまい・・・

暗い学生時代を送ることで、性格まで暗くなってしまい、その後の人生が上手く行かなくなってしまったなど、そのような例もあると思います。

努力で性格は変えられない

それは、ニートになってしまったとか、引きこもりになってしまったとか、人間関係を上手く構築することができなくなってしまったなど。

そして、大人になってから努力して暗い性格を直そうとしても、自分の性格を直すことは、そうできることではないと思います。

それは、努力だけではどうにもできない壁がある。ということです。

そして、努力できるのは一種の才能であり、努力できる才能が備わっていたからこそ、成功できたわけで・・・

しかし、全ての人に努力できる才能が備わっているわけではないので、努力できず成功できずに終わってしまう人もいます。

努力できるのは才能

それを自己責任だけで片づけてしまうのは、滑稽(こっけい)だという人もいます。

しかし、努力できる才能がなくてもそれなりに努力して、逆境から這い上がって成功した人もいると思います。

そんな人からすると、努力できなかったのは甘えているだけで、努力できないのは甘え以外の何ものでもない!というかもしれません。

また、努力の機会は、全ての人に均等に与えられていて、努力すれば大抵は報われる。というのが大半の人の意見だと思います。

例えば、貧乏で塾に行けなかったとしても、図書館で勉強すればいいし、わからないことがあれば先生に聞けばいい。

どもまで行っても平行線の自己責任

ですので、貧乏だったから大学に行けなかったなどは、単に甘えでしかない。という人もいるかもしれません。

また、貧乏でも優秀ならば、奨学金で無料で大学に行くこともできます。

しかし、実際そんな努力ができる人は少数派で、少数派の意見を出して甘えてるといわれても、納得できないところもあると思います。

そんなことをいろいろ考えていると、自己責任というのはどこまで行っても平行線で、終わることはないんだろうなと思います。

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